昨今、草食系を通り越して“絶食系”という言葉をよく聞きます。草食系は異性に対してガツガツはしないけど、それでも恋愛したいという意欲はあるわけですが、絶食系ともなると意欲もほとんどないし、まるっきり恋愛しないという人たち。「今はこんな若者がいるんだって、ビックリ!」と世の中でいわれていますが、私としては「今さら?そんな人たちは前からたくさんいたでしょ!」という印象があります。私の周囲には恋愛経験が極めて少ない、まるっきりない、意欲も薄いという人が以前からけっこういたからです。
結婚するなら実は絶食系がおすすめな理由
恋愛することは“当たり前”なのか?
いつでもどこでもいかなるときでも恋人がいるという方も世の中にいます。しかし、なかなか恋をしないし、したいとも思わないという人もたくさんいます。絶食系はとくに男性を指しているのかもしれませんが、女性にも少なくありません。
恋人がまったくいないとなると、その人に魅力がないから、性格に問題があるからといわれそうですが、不美人であっても、身勝手な女性であっても恋人ができる人は常にいるというのが事実ではないでしょうか。たとえば、たくさんの男性をだましおおせた稀代の悪女、木嶋佳苗被告の例もあります。
要は本人の恋愛欲があるか、ないか。強い欲求があれば常に目を光らせ、どんなチャンスでも逃しませんが、欲求が薄ければ何事もなく過ぎてしまいます。もちろん、恋愛は傷ついたとしても素晴らしい体験ですし、できるならしたほうがいいと思えます。しかし、誰でも恋愛して当たり前ではないし、それが結婚に結び付くというわけではないですね。
恋愛が結婚生活の障害になることも…
“恋という病”だなんていいますが、確かに熱烈な恋愛中は心がウキウキ楽しいものですが、何かにとりつかれたような状態で、他のことに手がつかないほど夢中になります。しかし、いつまでも永遠にその状態ではなく、相手との時間が長くなれば、それは落ち着いていくものです。結婚してまでいつまでも浮かれたままの人はほとんどいないでしょう。
しかし、“恋という病”という症状自体に夢中な人がいます。いわゆる“恋愛体質”の方は、常に“恋という病”にかかっていたいわけです。こういう方は、結婚してしばらく経ち関係が落ち着いてしまうと、再び恋がしたくなり、家庭の外に相手を求めてしまうこともあるでしょう。また、結婚にたどり着く前に、相手の変更を余儀なくされるかもしれません。しかも、より強い刺激、不倫だとか、略奪だとかを求めるようになる方もいます。それは、離婚にもつながるでしょう。
このように、ことと次第によっては、恋愛というのは家庭の平和を破壊するわけです。よって、むしろいったん結婚したらやたらと恋愛しない人のほうが家庭向きといえます。
“自由”が絶食系の結婚を阻む
はいえ、現代の日本では結婚は本人の意思でするものであり、ほとんどの場合、“好きになる”“恋愛をする”という先に結婚があります。ある絶食系女性が「昔のようにこの人と結婚しなさいって親から言われたほうが楽だったと思う。それなら、私はすんなり結婚したわ」と言っていました。
つまり、恋愛関係になった相手と自由に結婚するという現代の常識が、恋愛できない彼女にとってはむしろ不自由というわけです。そして、恋愛欲が薄いタイプの安定感、穏やかさこそが家庭を営めるといえます。絶食系こそ、結婚に向いている人たちなのではないでしょうか。
地方自治体でも婚活イベントを開き、未婚化問題に取り組んでいます。しかし、絶食系は婚活イベントには行きたがらないでしょう。相手を値踏みして自分自身を売り込むというのは彼らの性質には合わないからです。昔のような地縁を復活させ、絶食系の身近にいる人たちが確かな相手と結び付けてやるというのが一番なのではないかと思います。最近では親が子どもに代わって婚活を行うこともあり、「主体性なさすぎ!」という声もありますが、絶食系にはもってこいな新しいシステムといえるのかもしれません。