素晴らしい言葉も聞き取れなくては意味がない
スピーチの文例、マナーなどを解説した文章は巷に溢れています。文章を書くことが苦手でも、スピーチをしたことがなくても、それを読めばその場にふさわしいスピーチの内容を作ることはできるでしょう。しかし、話し方についてはどうでしょう?実際に言っていることが素晴らしくても、声が聞き苦しい、そもそも何を言っているか分からないのでは内容は伝わりません。スピーチの際には内容だけではなく、話し方も重要です。はっきりと内容がきちんと相手に伝わる話し方は実は簡単ではありません。
今回ご紹介するのは、日本で最も著名な劇団である四季の「四季メソッド」と呼ばれている日本語の発声法です。劇団四季は60年以上の歴史がありますが、どんな芸術も観客に伝わらなくては意味がないと考え、どんな観客にも言葉が明瞭に伝わることを大切にしています。そのため、歌唱も含めてセリフが聞き取れて内容が理解しやすいというのは全ての公演に共通しています。
舞台俳優のように声が大きければ発声法は必要ないのでは?と思うかもしれませんが、声は大きければ聞き取りやすいというわけでもありません。大きな声の舞台俳優であってもセリフが聞き取りにくいことはままあります。単なる大きな声では伝わらないとしたらどうしたらいいのか…。そこで「セリフが聞き取りやすい」と言われている、劇団四季独自の発声法のトレーニングをご紹介します。
メソッド1. 喉からではなく、腹からの発声「呼吸法」
劇団四季メソッドには3つの柱があります。その1つが呼吸法です。劇団四季は全国で毎日のように複数の公演を行っています。劇団四季は作品第一主義を掲げています。大勢の俳優が四季にはいますが、その時最も調子の良い実力のある俳優が舞台に立ちます。私が2018年に観た『オペラ座の怪人』の公演では、その日のマチネ、ソワレ、翌日のマチネと連続する3公演の主人公である怪人とヒロインクリスティーヌ役は全て同じ俳優が演じていました。怪人の低音、クリスティーヌの高音、どちらも喉が万全でなければ歌えない役であることは想像に難くありません。喉に負担がかかるように歌っていれば3公演連続で出演するのは難しいでしょう。それを可能にしているのが四季の呼吸法なのです。
もちろん、修練を積んだ四季の俳優の呼吸法を今すぐ身につけるというのは難しいですが、一般の方でも簡単なトレーニングで通常よりも楽に声を出せるようになります。大切なのは息を吸った際にお腹が膨らむ腹式呼吸を身につけること。しかし、多くの方は、胸が膨らむ胸式呼吸の癖がついていますので、毎日寝る前にこんなトレーニングをするのがおすすめです。やり方は以下の通りです。
1. 身体の力を抜いて仰向けに寝ます
※リラックスしている時ほど腹式呼吸しやすいため、寝ている時にスムーズに腹式呼吸できます。
2. 一旦息を吐ききります。
3. 胴周りを息でビア樽のように膨らますイメージで鼻から1カウントで息を吸い込みます。
4. そのまま2秒ほど停止。
5. 10カウントで息を吐く
※息が長く続くことでなめらかにたくさんの言葉を話せるので、息を長く続く訓練として、意識して長く息を吐きだす。
因みに、しっかりお腹で呼吸することは体力アップにもつながり、健康面でもプラスです。一朝一夜ですぐにというわけにはいきませんが、毎日続けてまずは慣れていくことが大切です。
メソッド2. 明確で、美しい日本語を「母音法」
劇団四季メソッドの中で取り入れて即効性があるのは母音法です。ドレミの一音一音を分離させるように、母音で音を分離して発音することを意識するトレーニングです。
母音法では全ての言葉を母音だけにして練習します。例えば「はじめまして」なら「アイエアイエ」になります。日本語の母音は「ア・イ・ウ・エ・オ」のみです。だからこそ、アならア、イならイと母音を曖昧にせずにしっかり発音しないと何を言っているか分からない、違った言葉に聞こえるということが起きてしまします。また、母音が少ないために、同じ母音が続くこともままあります。それを連母音と言いますが、その場合、意味に合わせて響きを変化させないと伝わりません。
母音法のトレーニングによって、言葉の意味を明瞭に、美しく相手に届けられるようになるといいます。トレーニンは、口を大きく開けて、喉はあくびをしている時の状態を維持して行います。
メソッド3. 言葉の区切れを意識する「フレーミング法」
大根役者という言葉がありますが、棒読みや区切りのないセリフは聞いていてもわかりにくいものですね。フレーミング法はセリフの途中で区切り、一旦息を吸います。ただし読点(「、」)の通りではなく、セリフとして伝わりやすく、聞いている人を惹きつける箇所で区切るようにします。
フレーミング法で大切なのは実は言語感覚です。その台詞の意味を正しく理解していないといけません。呼吸法や母音法のように「身体」に身につけさせるものではなく、「脳」に言語感覚を身につけさせなくてはいけません。それには、実際に美しい日本語を話す人の言葉を多く聞くことが有効と言われています。
フレーミング法を意識して、実際の劇団四季の洗練された日本語の台詞を聞くことは、フレーミング法の最良の教材となるでしょう。2019年8月現在で観られる劇団四季の演目をご紹介しておきます。
1万回以上の公演回数を誇る劇団四季の代表的な演目です。日常生活ではあまり使わない詩的な表現も多い作品ですが、劇団四季の「cats」の言葉はとても理解しやすいのが特徴です。まさに四季メソッドの賜物と言えるでしょう。
実写映画化によりさらに人気が高まった「アラジン」。展開が目まぐるしく、矢継ぎ早のセリフ、アップテンポの難曲が多く歌われますが、驚くほど一語一語しっかり伝わってきますので、四季の技術を理解しやすいと思います。
東京だけではなく、福岡でも公演中の「ライオンキング」。注目なのは子役であるリトルシンバとリトルナラ。子どもにもかかわらず、見事に四季メソッドを体現しています。子どものセリフは難しい言葉が使われないのでフレーミング法のお手本としても分かりやすいと思います。
フレーミング法は言語感覚が大切といいましたが、自分の話す言葉に対する理解度も十分である必要があります。スピーチの例文を参考にするのは良いですが、それが全て借り物だったり、自分の心にすら響かない言葉である場合はついつい棒読みになってしまうと思います。スピーチを作る際は例文を参考にしつつも、それを自分なりの言葉でアレンジするようにしましょう。自分が使い慣れない、あまり意味が分かっていない言葉を使わないほうが良いでしょう。
真に迫った演技が人を感動させるように、スピーチもその人の心からの言葉であればゲストを感動させるでしょう。