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写真だけの結婚式 Pridal
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日本のおもしろ結婚式!各地の驚きの珍妙・奇妙な結婚風習

2019-01-04

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記事

所変われば結婚式の風習は変わるもの。多くが現在ではみられなくなりましたが、終戦前まではかなり日本各地に個性的な結婚式が存在していたようです。今回は『日本の珍しい結婚風習(国書刊行会/2015)』という書籍から、かつて日本各地で行われていた珍妙・奇妙な結婚式風習の選りすぐりをご紹介します。結婚式地方の風習から、その土地ならではの生活や結婚に対する考え方もみえてくるようです。

「普段の姿を垣間見て結婚を申し込む」静岡のアポ無しお見合い

お見合いといえば、振袖姿でとまでいかなくても、できるだけ着飾って一番きれいな姿でアピールしたいもの。しかし、実際に長い人生をともにする結婚相手にするとなると、容姿よりもその人となりが重要視されるものでしょう。

静岡で昔行われたお見合いはとても現実的なものでした。男性がこれと思う女性に連絡無しでこっそり訪れます。商家であったら彼女が店先で働いている姿を、農家であれば農作業している姿をこっそり垣間見るのです。普段の彼女の様子や働きぶりを観察した上でこの女性ならばと結婚を申し込みます。合理的な方法ですね。今から思えば一方的ではありますが。

また、この地方では、初婚の男性は再婚の女性を好んで結婚を申し込んだとも。それは、再婚の女性の経験とつつましやかさを評価したからだそうです。なるほど、実に現実的な、地に足のついた土地柄なのだなと感じますね。

「風紀の乱れを取り締まるため、大人が合コンを主催?」兵庫のお見合いパーティー

今どきの若者は奔放で困る。昔の若者は純真だった。いつの時代でもついつい大人が言ってしまう台詞なのかもしれませんが、江戸時代以前でもまったく同じ悩みを大人たちはもっていたようです。

昔の摂津国、今の兵庫県には「寄講」という習慣がありました。それは、年頃の若者のいる家庭が順番に開くもので、村内の妙齢の娘たちを家に呼び、若い男女の交流を持たせ、なんとその夜は娘たちをその家に泊めたそうです。

そこで意気投合した男女は結婚の約束をするとのことなので、要するに、大人が若者のために主催する合コンなわけです。元々は若さに任せて女性関係で身を持ち崩し、若者が勤めをきちんと果たさなくなっては困ると編み出されたというこの風習。実際に若者たちは落ち着き、効果があったようです。

現代の結婚難を鑑みれば、大人にとってだけではなく、若者にとっても合理的で便利なシステムのようにも思えます。自分の家でリラックスした状態で、現実的に結婚相手となる身元が確かな相手と、時間を気にせずにじっくり過ごせる。現代のお見合いパーティーの比ではない成婚率だったに違いありません。

「夜ごと、夜具を背負って求婚」八丈島の通い求婚

日本は島々の集合体なのですが、本州以外の島では、本州の常識では驚くべき実に独特の風習がありました。そのなかでは八丈島の求婚はかなり変わっています。

八丈島の若者は年頃になると、近隣の娘のなかから自分の好みの女性を選びだします。普通に彼女にアピールしてお付き合いをし、結婚の承諾をもらえばいいと思いますが、昔の八丈島での方法はおもしろいです。

まず若者は、夜になると、自分の夜具などを背負って彼女の家にやってきます。そこで、その夜具で寝泊まりするのですが、寝るだけで、彼女に何かするわけではないそうです。女性のほうは彼が他に心を移すことなく自分の元に通い続けるかどうかしっかり見張ります。そうして、やがて彼女も、夜ごと夜具持参で健気に通ってくる彼を憎からず思うようになるとのこと。その上で、若者は女性を改めて横奪。この一連の求婚の儀式を経て、彼女を晴れて妻にしたそうです。

紳士的なのか、強引なのか、よく分からない、ユーモラスで奇妙なこの風習。八丈島が東京府庁の管轄になってからほとんど見られなくなったとあるので、思っていたよりも最近まであったようです。

「友人が独身男のために、娘を強奪」淡路島のお歯黒付けによる求婚

自分が結婚した途端、「結婚はいいぞ、お前も早く結婚しろよ」といらぬ世話を焼きだす人がいますが、最近ではそれもセクハラ、モラハラを言われかねず、そうした人も減ってきたように思います。昔の共同体では村中が家族のような付き合いをしますから、その世話焼きぶりは強引なんてレベルではなかったようです。

淡路島では「お歯黒付け」という、悪名高い誘拐結婚に近い習慣が存在しました。適齢期過ぎてでもなかなか結婚しない独身男の友人たちが集まり、作戦会議を開きます。そこで、独身男に相応しいお相手を勝手に協議し、これという女性を決めると、彼女の家の前で見張り、彼女が外出したとことろを囲み、捕まえ、独身男の所に強引に連れ出すのです。

そこで女性は友人たちによってお歯黒されます。そうされると、女性はその独身男と彼女の意思に関係なく結婚しなくてはいけなかったそうです。歯を黒い液体で黒くするお歯黒は、かつて既婚女性独特のお化粧のひとつでした。そのことから、お歯黒をすることが結婚の承諾ということになったのでしょう。もちろん、突然の狼藉に心の準備をまったくしていない女性は抵抗する場合もあります。その場合は、友人のひとりが、自らお歯黒の液を口に含み、女性の口へ吹き込むというから、あんまりです。これでは連れ出された最後、結婚せざるを得なかったでしょう。

これは女性の側からすると、酷いとしか言いようのない悪習ですが、一方で女性の親は「昨夜は娘がかつがれましてな……」と話し、すんなりと受け入れたとのこと。これでは、いくら昔でもこのようなやり方では、結婚生活はうまくいったのかと心配になりますよね。

しかし、淡路島にはどうしても嫁が必要な切迫した理由がありました。淡路島では、年頃の女性は都会へ奉公に出されます。それは、行儀見習いのためだけではなく、手に職をつけるため。淡路島の男性は漁師が多く、不漁が続くと生活費に事欠くことになり、妻が働き生活費を稼ぎ一家を養う必要があったわけです。そうした島での暮らし特有の理由から強引な結婚もあり、娘の親も共同体の一員として黙認したのでしょう。

埼玉、長野、島根…各地で行われていた派手婚、ユニークな結婚式での風習

結婚は生活の柱であったと同時に、やはり結婚式は昔でも人生最高のセレモニーでした。結婚式場ではなく、自宅で行うのが普通であったころもその手間はかなりなものだったようです。

埼玉県の富豪の家での結婚式では、吸物料理が入れ替わる度に新郎新婦のお色直しがあったようです。着物は色、模様を新郎新婦で統一したとのこと。はじめは地白、次は地赤、地黒、総模様、中模様、腰模様、高裾模様、裏模様という順。ざっと8回のお色直し。もちろん、レンタルなんてない時代ですから、全て自前と思われます。つまりこれはかなりの大金持ちにしかできない結婚式の風習だったようです。

現代でもやってもいいんじゃないかと思えるような風習も。今の長野県、信州、木曾山中では、豆袋を使った節分にも似た結婚の儀式がありました。花嫁が婚家に入るとき、彼女は小豆の入った麻袋を持っており、家の中で彼女を待つ新郎に投げつけます。花嫁は新郎に「私はあなたを頼りに来ましたよ!」と声をかけるのですが、新郎は豆袋を受けとり、「おお、石の土台が朽ちるまで、この家にいろよ」と応えるのです。現代では家に嫁ぐという概念は薄れてきていますが、夫に対して、「あなたが頼り」という意思表示を儀式の形ですることは悪くないのではと思えます。

そうかと思えば、はた迷惑に思える風習も。出雲国、今の島根県では、婚礼を行った家の戸外門前に列席者が石地蔵を運ぶ風習があったとか。翌日には元に戻すそうですが、罰当たりな所業のように思えます。しかも、それは「新婦が石のごとく堅く節操を守り、地蔵のごとく慈愛を示ように」という願いをこめてのものだったとか。女性だけにそれを求めるのはあまりに不公平と思わずにはいられません。

「馬になったり、裸で踊ったり、年頃の娘が大活躍」福島、宮城での仰天の結婚式

結婚式の風習の中には現代の常識からは考えられない不可解なものも少なくありません。そのなかでも、今の福島東部、宮城南部のものは、誰もが驚くものだと思います。

結婚式当日、新郎の家から花嫁を迎えによこすのですが、そのとき、17、8歳の娘たちが馬役を務めました。彼女達は、顔を墨で塗り、身体に藁を撒き、お尻にも馬の尻尾を模した藁をつけて、四つん這いで花嫁を出迎えとか。この扮装にどのような意味がこめられていたかは不明ですが、彼女達もいずれ自分もそのように迎えてもらう身だから文句は言えなかったのかもしれません。

結婚の儀式が終わり、新郎新婦が無事新婚の床入りをはたすと、乱痴気騒ぎが始めるというのは、どの地方でも同じこと。しかし、これに関しても、この地域は変わっています。くだんの娘たちが今度は裸踊りをそこで披露するのです。しかも、見事に大胆に踊ってみせた娘達の親兄弟は鼻高々。「どうだ!うちの娘はこんなに気丈で男勝りだ!」と自慢したとのことです。

思うに、結婚式は独身の年頃の娘達のお披露目、アピールの場でもあったのかもしれません。大和撫子という言葉のある日本ですが、場所によっては頼もしい、豪胆な女性こそが好まれたようです。

江戸時代以前は結婚とは誰もがするもので、大抵親に決められてすんなり結婚するイメージがありますね。しかし、既に無くなった昔の風習をひも解くと、意外にも昔から結婚自体一筋縄ではいかないもので、苦労していたのだなと感じます。そして、地方によって男女のあり方も様々で、現代よりもむしろ伸び伸びと自由な面もあったようです。

参考:
 「日本の珍しい結婚風習」 国書刊行会 株式会社国書刊行会 2015年

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ライター:AY

AY画像仕事も私生活ものんびり派。ライター業は30代から、結婚は35歳で早もうすぐ四十路・・・。お陰様でビジネス、自己啓発、夫婦生活、エンタメなど幅広い分野で執筆活動中。仕事も結婚生活も続けられている幸せをかみしめつつ、現代を生きる一生活者の目線で執筆しています。

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